社長にセシウム牛乳をぶっかけろ

ネットでみたら明日は『復讐走査線』*1のDVD/ブルーレイの発売日だとわかったので、今年、映画館で見たときの印象を。というよりクライマックスのところで衝撃的展開があった。以下ネタバレ注意。とはいえ以下の記事がこの映画を見る楽しみのを損なうことはないと確信している。

メル・ギブソン扮するボストン市警の刑事が、黒幕の大企業の社長宅に単身乗り込む終わり近くの場面。屈強ボディー・ガードを射殺したメル・ギブソンは、いよいよ社長に迫る。彼は社長に撃たれるのだが、見ている私たちはメル・ギブソンが撃たれても衝撃を受けない。なぜなら彼は、その時点で、すでに死にかかっているので銃弾のひとつやふたつ関係がないからだ。そして、まさに余命いくばくもない状態で社長をねじ伏せたメル・ギブソンは、ポケットから牛乳瓶を取り出し、中身を社長の顔にぶちまける。一瞬画面に広がる白い液体。あ、セシウム牛乳。その時、驚きのあまり私は映画館の中で思わず声を出しそうになった。拍手しそだった私がいた。

平山秀幸監督『必死剣鳥刺し*2のなかで、斬られまくって死んだと思われた、あるいはすでに死んでいる豊川悦司が、最後の一突きで、黒幕の岸部一徳を倒す、あの、予期されていたとはいえ、それでも快哉を叫ばずにはいられなかった、あの場面を思い出した。鳥刺しならぬ、放射能汚染された牛乳をぶっかけるとは、なんとすばらしい怒りの鉄槌なのだと涙が溢れた。

おそらくこう早とちりをして映画館を去った観客もいたかもしれない。どのくらいの比率かは、わからないが。というのも、それはセシウム牛乳ではないだろうと、そのあとのシークエンスからわかるからだ。それは、ふつうの市販されている牛乳にちがいない。それをセシウム牛乳と観客は一瞬思うのだが、同じ反応を、その極悪社長も示す。というのも、もしあなたが暴漢に牛乳を浴びせかけられたら、どうするか。一瞬驚き、怖くなったり、うろたえたりするが、パニックになることはないだろう。パニックになって、すぐに抗放射能錠剤を探したりはしないだろう。セシウム牛乳と勘違いした社長は、まさにそれによって彼もまた犯罪に加担していたこと、おそらく犯罪の首謀者であることを知らせることになった。

メル・ギブソンの娘は、彼女が告発しようとした企業から、放射能汚染された牛乳を送られそれを飲んだために内部被曝を起こし、そして死ぬ直前に秘密を洩らさないよう射殺されたのだ。メル・ギブソンは社長宅に殴りこんでやみくもに殺しているわけではない。ボディーガードが、自分の娘を殺害した人間であることを、その男の声を通して確認したうえで、殺す。また社長も牛乳を放射能汚染された牛乳と勘違いしたがゆえに犯人であると確認したうえで殺す。もちろん逮捕もせず非合法的に射殺するわけだから、メル・ギブソンも映画の文法上、死ぬしかないわけだが、幸いにというのも変だが、彼もまた被曝して死の直前にあった。

社長は、ただの牛乳をセシウム牛乳と勘違いして自らの犯行を認めることになったが、観客も一瞬セシウム牛乳と思ったことで、メル・ギブソンは、私たちの復讐の代行者となった。

映画そのものは骨太の社会政治批判(原作は英国のテレビドラマ。映画では設定を英国から米国へ移した)と、娘を失った父親の悲しみ、追憶、悔悟、怒りを抒情的に描く部分とが交錯して、アクション映画ではあるが、情緒的巻き込みを図る。メル・ギブソンの最終的な死の場面は、『星守る犬*3と同じだといえば、わかっていただけるだろうか。

本来ならデタッチメントで接することのできる物語(陰謀は、日本におけるアクチュアリティはない(と思う))が、娘を殺された父親の怒りと悲しみの抒情で、私たちを情緒的共感に巻き込むことなるとき、決定的に重要な働きをするのが、セシウム牛乳だろう。放射能汚染された食品を、悪徳企業が、殺人手段として使うとき、私たちの中に怒りと復讐の感情がいやが上でも生まれるのであって、だからこそ、牛乳のエピソードに過剰な反応が生まれるのだろう。私たちは許さない。復讐をしたいのだ。原子力発電を、反対があるのにも押し切ってきた、悪魔の手先の関係者たちに。

そう映画の主人公とともに、私たちも被曝して余命いくばくもない。まあ私のような年寄にとっては、被曝で死ぬのと寿命で死ぬのと、どちらが早いかわからないので、恐怖もなく諦念しかないが、若い人たちにとっては寿命を全うする前に被曝で死ぬ確率が高いわけだから、怒りは並大抵のものではないだろう。死ぬ前に、一太刀あびせたい。ただ、それでも、非合法的な手段ではなく、合法的に復讐するしかない。復讐走査線という、不条理な映画タイトルも(そもそも復讐捜査とか、走査線、復讐捜査線、すべてよくわからない)、なにか琴線に触れるものがある。これからは街は復讐捜査線が交錯する復讐街となるだろう。

*1:復讐捜査線』(Edge of Darkness)、マーティン・キャンベル監督 主演メル・ギブソン。2010年(日本公開2011年)1985年のBBCのテレビドラマ『刑事ロニー・クレイブン(英語)』の映画版。映画館で見ただけで、DVDで確認していないので、映画の内容の誤認があっても許していただきたい。

*2:藤沢修平原作、平山秀幸監督、2010。

*3:村上たかし原作、瀧本智行監督、主演 西田敏行、2010年、DVD、現時点で未発売。